大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)1926号 判決

被告人 内藤銀造

〔抄 録〕

論旨第一点について。

原判決挙示の証拠によると、原判決認定にかかる事実を肯認するに十分であつて、記録を精査し、かつ当裁判所で行つた事実取調の結果に照らしても原判決には毫も事実誤認の疑は存しない。而して原判決の認定するところによれば、被告人は原判示のような事情から原判示日時場所において、二男の勇八(昭和九年一二月二五日生)と財産分与のことで口論をしたが、同人が火鉢にかかつていた鉄瓶を手で持ち上げ、被告人に投げつけようとしたので被告人は両手で五徳を持つてその鉄瓶を押し返したところ、鉄瓶の中の熱湯が勇八の手にかかつたため同人は一層憤慨し、土間に飛び降りて、長さ一米位、直径二・五糎、重さ五四四瓦の樫の麺棒(浦和地方裁判所昭和三一年押第三四号)を取り、被告人目がけて殴りかかつたが、これを見た被告人の三男朝見がこれを制止するうち、被告人は右麺棒を勇八からもぎとつて同人を縁台から土間に突き落し、同人が素手のまま立ち上ろうとするや、殺害の目的をもつて、右麺棒で同人の頭部、顏面、背部等を十数回強打し、因つて同人をして外傷性蜘蛛網膜下出血により死亡させたというのである。ところが、弁護人は被告人が右勇八に対して加えた攻撃は、同人の急迫不正の侵害に対し、自己の権利を防衛するため、やむことをえずになされたものであるから正当防衛であるか、少くとも防衛の程度を超えた過剰防衛であると主張しているから考えてみると、本件被害者たる勇八は、当時二十一才余の屈強の青年で、体格もよく、腕力も強かつたが、その性格は幼少の頃から粗暴で学業を怠り、長ずるに及んでは不良化の一途を辿り、強盗罪まで犯したこともあつて、被告人はじめ家人に一方ならぬ迷惑を及ぼしていたものであるが、平素から自分の気に入らぬことがあると、実父たる被告人に対してさえ乱暴をする性癖をもつていた無頼漢であつたこと、本件事件の発生した当夜も、被告人に対して理不尽な難題を吹きかけ、これが容れられないとみるや、いきなり被告人に対して原判示のような攻撃を加えてきたものであること、従つて同人は仮令麺棒を取り上げられ、かつ土間に突き落されても、再び立ち上つて被告人に攻撃を加えてくる可能性の存したこと、ならびに被告人は、永年の農事労働により、鍛練されているとはいえ、既に齢は五十を超え、しかも体躯は五尺そこそこの小男で、到底勇八に対抗し得るほどの腕力をもつていなかつたことが認められるから、被告人が右麺棒を揮つて勇八を殴打したことは、あたかも急迫不正の侵害に対する正当防衛行為であるようにみえるけれども、さらに仔細に検討してみると、勇八が被告人に対して原判示のような攻撃を加えた際には、傍にいた被告人の三男朝見が同人を制止し、かつ被告人は勇八から麺棒を奪い取つて同人を土間へ突き落したのであるから、被告人は勇八が立ち上つて再び立ち向つてくるまでの間に逃避する余裕がなかつたとはいえないのみならず、その場には被告人の長男光好も僅か二、三米しか離れていない場所で被告人等の争いを目撃して居り、いつでも勇八を制止することができる情況にあつたことが認められるから、被告人に対する急迫な危険は一応排除されたものと認めるのを相当とする。従つて仮令土間に突き落された勇八に立ち上がろうとする気配が見えたとしても、いきなり麺棒で同人の頭部を強打し、なんら抵抗もせず、かえつて戸口から逃げ出そうとする同人を追つて後方からさらにその頭部等を乱打した被告人の所為は既に防衛の範囲を逸脱したものであつて、到底正当防衛行為といえないのは勿論、いわゆる過剰防衛と認めることもできないから、右と同趣旨に出でた原判決は正当であつてなんら所論のような違法な点は存しない。弁護人援用にかかる判例はいずれも本件には適切ではなく、論旨は理由がない。

(花輪 山本 下関)

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